人はいつ死ぬかわからない③脳梗塞の発見で背筋が凍る

早期退職/FIRE
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問題は心臓だけではなかった

定期的な通院をした後、五反田駅の周りを散歩し、ランチを食べてから自宅に戻った後、翌日になってふくらはぎの痛み、倦怠感、息切れなどの変調を感じて、1週間後に同じ病院で診察を受けた結果、急性心筋炎の診断が下り、緊急でIABP(Intra Aortic Balloon Pumping/大動脈内バルーンパンピング)という手術を受けてICU(Intensive Care Unit)へ入院することになった。

徐々に回復してICUからHCUへ、HCUから一般病棟へと移ったが、発作のようなものが出たことで、他の原因を探るための検査が追加された。

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シャワー解禁とリハビリ開始

定期通院から18日後、朝食をとらずに腹部のエコー、ABI検査、肺機能の検査、心電図の採取などを行った。だいぶ体力的にも戻ってきたような気持ちだったし、久しぶりにシャワーを使えることがわかっていたので、階段を4フロアほど登ってみた。3フロア目で息切れをしてしまって、休憩しなければ登れなかった。

ベッドに戻ると鼻血が出ていることに気づく、肺機能の検査のせいか階段を上ったせいかはわからないが、血液をサラサラにする薬を使っていたためか、またしばらく血が止まらなかった。午後には頭部のMRIを撮影することになった。この時耳栓をするのだが、使い捨てだったため安眠のためにもらってきた。この検査で後程、冷や汗をかくほどの事実がわかる。

看護師さんから入院前のような症状が現れたらすぐに病院へ連絡すること、体重、血圧管理と塩分の取りすぎにはならない食事を心がけるよう心筋炎の今後の対応などのレクチャーを受け、退院支援計画書が渡されて具体的な退院までのスケジュールが見えてきた。

衝撃の結果:脳梗塞

19日後、歯磨き中に首の痛みが出たが、症状も軽くなり以前のような苦しい状況にはならなくなっていた。ステロイドの大量投与による副作用には、感染症へのリスク、目、歯、骨などがもろくなり、糖尿病のリスクが増すと説明を受け、血糖値の検査と骨粗鬆症の対策として薬が追加された。

時間に余裕が出てきたため、リハビリで6分間、450m歩いた。成人男性の普通の体力の指標には合格だそうだ。体に微弱な電気を流して、体が正常に反応するかの確認をしているように見える知覚神経伝達速度測定を受けたがこれも問題がなく、薬剤師から飲んでいる薬の説明を受けて退院に向けては順調に見えた。

しかし夕方に受けた医師からの説明によると前日に撮影した頭部MRIには、入院2週間前くらいの割と最近に小さな脳梗塞が発生していた痕跡が見つかったという。幸い広がっておらず様子見となったが、一歩間違えば死んでいたかもしれない機会が2度あったことに背筋が凍った。

入院前から足先にピリピリとしたしびれがあった。血行不良によるものだと思っていたが、脳梗塞の後遺症なのかもしれない。これは退院後にもう一度診察を受け、経過観察をする必要があるだろう。

早く帰りたくてたまらない

定期通院から20日後、またも首の痛みに襲われるが、症状は軽く、でも長くかかって収まった。収まってすぐ、記録されているナースセンターの心電図に異常がなかったか確認してみたが、特に不整脈は記録されていなかった。

念のため刺したままにしてた点滴の針を午前中には抜いてもらった。体に刺さっているものが全て取れて心電図のみとなり動きに制限がなくなって開放感があったが、お昼前に強烈な立ち眩みというか、眩暈で立てなくなり、しばらく安静にしていると戻った。症状は医師に伝えたが、まだ心臓のポンプ機能が弱く、急に立ち上がったりすると酸欠になるのだろう。

夜は耳栓をすればある程度、いびきの対策にはなるのだが、薬の副作用のせいか、自分の心臓の鼓動が大きくて眠れなくなっていた。プレドニンの量が多いと入眠が難しくなる人もいるそうで、睡眠薬を処方されるのだが、これが逆に1時間程度の短時間で起きてしまって覚醒後は眠れなくなるので、使わないようにして自力で入眠していた。

大部屋ではいびきと不眠に悩まされることになる。若い人たちは入院してきてもいびきを意に介さず寝ている。私は普段から身の危険を感じるので歩きながら音楽を聴くことはしないので、高性能イヤフォンは持っていないが、ノイズキャンセリングイヤフォンなどを用意して置けば眠れるようだ。すでに購入済みなら使ったが、他人の迷惑行為のために出費をするなんて馬鹿らしいし、買いに行けない。

21日後、この機会に体を徹底的に調べてもらった結果、心筋炎、脳梗塞以外にも2つの軽微な問題が見つかった。1つは胆嚢ポリープ、これは以前の健康診断でも見つかっていて様子見としていたもの。初期診断は胆嚢結石かもといわれたが、詳細分析の結果は症状も悪化しておらず経過観察となった。

もう1つは肝血管腫。肝臓内の毛細血管が異常に増殖して絡み合ってできた良性腫瘍ということでこちらも様子見となったが、以前からお酒の飲みすぎでむくんでいたし、肝臓の値も健康診断で悪化していたので、お酒は控えめにすることを注意された。まぁとにかくいろいろ体にガタが来ているぞという体からの警告だろう。

22日後、もうこの頃になると、検査などはなく様子見でただベッドにいて時間をつぶす状態になっていた。ベッドに座っていると腰が沈んでしまい動きづらくストレスを感じていた。年老いてベッドでの生活を強いられれば、歩けなくなり寝たきりになるのもよくわかる。とにかくスクワットやストレッチなど体を動かして筋肉に刺激を送り、ベッドにいる時間を短くして、お見舞い用の椅子に座るようにしていた。

入院してからしばらく食事がとれなかったことと、病院食のおかげでむくみが取れたこと、バランスの良い食事だったこともあり、体重が10kgほど落ちていた。あと少し体重を落として維持すること、血圧を125/75以下に維持することを指示されたが、実際に減塩生活をしてみると簡単ではない。

23日後には、もう病院食では満足できず、肌のかさつきなどがあって栄養素が足りていないと体が欲していて、塩分への飢餓感も感じていたので、できるだけ塩分の少ないものを選びつつ、ドライフルーツやおにぎりなどをコンビニで買ってしまっていた。病院食の魚料理は好き嫌いがあって食べることができないので、魚をNGにしていたが、もうこの時には退院したら「寿司を食いに行くぞ!」と心に決めていた。

退院、命の値段

24日後、ようやく退院の日が訪れた。外を歩いてみると、自分の歩くペースが遅くなっていることを痛感する。以前の速足で歩いていた頃の半分くらいのペースしか出せない。駅のホームに電車が来ていて階段を少し早めに上っただけで、息を整えるのに10分以上かかるくらい、心臓のポンプ機能が落ちていることを実感した。体力維持のため極力歩いて帰ったが、帰宅するとかなり疲れていた。これからリハビリを行う必要がある。

寝たきりの状態が続いた間にちゃんと歯を磨くことができなかったので、虫歯になっていたのを見つけ、退院後はすぐにかかりつけの歯医者に行って治療をした。歯は健康に生きる上で大切な土台になる。違和感があればすぐに治療しておきたい。

手術や入院費用を合わせると80万円以上の支払いが必要だった。緊急手術でなければ高額療養費制度をあらかじめ申し込んでおくこともできたが、今回は一時金として払わざるを得なかった。まだ企業の健康保険組合に籍があるので、あとで大半は戻ってくるはずだが…。実質いくらになるかはわかるのは少し先だ。

今後心臓とアレルギーの治療にも結構な出費が必要になるだろう。脳梗塞の経過観察も必要だし、治療費と薬代に年間何十万円という金額がかかることは覚悟する必要がある。痛い出費ではあるが命の値段なら数百万円払ったって安いものだろう。払えるだけ幸せだ。

今回の突然の病は、私としても青天の霹靂だった。私も健康を犠牲にして働いてきたが、健康は豊かな人生の基盤だ。健康でなければ人生の楽しむのが難しくなる。健康を損なってまで働くのは間違ってると考えて、早期リタイヤすることを決めたが、脳梗塞に急性心筋炎と立て続けに病に襲われたことを考えると判断は遅かったようだ。

今回の急病で「人はいつ死ぬかわからない」ということをより切実に感じることになった。金ではなく豊かな人生のために何を捨てて何を残すのか改めて考えさせられた。内臓疾患や高血圧などの症状がある人は今の働き方でいいのかよく考えてほしいと思う。この急性心筋炎という病を経て、自分の中で起こった変化についてもまとめておこうと思う。

④につづく

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